NPO法人「アジアの誇り」プレアビヒア協会

遺跡の紹介(動画)




【天空に浮かぶ幻の寺院=プレアビヒア遺跡】


 カンボジアとタイ国境のダンレック山頂に建てられた山岳寺院で、クメール民族のアンコール王朝が9世紀に創建、ヤショバルマン1世からスルヤバルマン1世まで約300年をかけて増築・整備して完成した(●創建時期は10世紀初めとの記述もある●)。遺跡は北を正面とし、斜面の参道を登り第1楼門から第4
楼門を抜けると、塔堂、回廊、十字型祠堂と本殿がある。本殿の背後は標高約650メートルの断崖絶壁で、眼下にはカンボジアの緑の大平原が広がる。入口から第1楼門まで156メートル、第2楼門まで320メートル、第3楼門まで167メートル、第4楼門まで62メートルで、遺跡の全長は850メートルに及ぶ 。

プレアビヒア寺院はシバ神を主神とするヒンズー寺院としてクメール民族の聖地とされ、歴代の王が参拝に訪れた。スルヤバルマン2世はカオプラビハンの完成後の11世紀前半にアンコールワットを建立した国王としても知られる。
 しかし、国境紛争やカンボジア内戦、遺跡のあるダンレック山が軍事的要衝にあったことなどから長く立ち入りが禁止されていた。また、遺跡周辺には内線時代に敷設された地雷が大量に放置されており、訪れる人はほとんどなく「幻の遺跡」とも言われていた。
 カンボジア内線時代はポル・ポト派が遺跡一帯を支配地域におき、プレアビヒア遺跡もポル・ポト派の軍事拠点となり、山頂には今も赤錆びた高射砲が朽ち果てたまま残っている。カンボジア政府はポル・ポト派の消滅と前後して1998年に遺跡を再公開した。
 国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会は2008年7月7日、カナダ東部ケベックで開いた会議で、プレアビヒア遺跡を世界遺産(文化遺産)に登録することを決めた。カンボジアの世界遺産としてはアンコール・ワット遺跡群、カンボジア古典舞踊(無形遺産)に次ぐ三件目の指定となる。
 プレアビヒア遺跡の帰属をめぐっては、1904年のフランスとタイの協定でフランス領カンボジアへの帰属が決まったが、第2次大戦中はタイが選挙、カンボジア独立後に国境紛争に発展カンボジア政府は1959年、遺跡と周辺地域の領有権の確認などを求めて、国際司法裁判所に提訴、同裁判所は1962年、プレアビヒア遺跡はカンボジア領との判決を下したが、遺跡の周辺4.6平方キロは国境線が未確定で両国間で係争が続いている。